所 信

2020年度 理事長所信

公益社団法人豊橋青年会議所 2020年度

第69代理事長  笠原 元樹


燦然

〜第一線の挑戦者たれ〜

 

 

 

 

 

はじめに

1949年、戦後廃墟の中「新日本の再建は我々青年の仕事である」という志を掲げた若き青年たちが集い、国の復興、再建は他の誰でもなく自分たちが担っていくのだという使命感に突き動かされJC運動が始まった。その後日本中にJC運動の灯りが燈り1951年豊橋青年会議所は強い信念と抑えがたい情熱をもった青年たちにより全国で17番目に誕生した。時代は昭和、平成と経て令和という新時代が始まりグローバル化、デジタル化、情報化、少子高齢化に伴い様々な課題が加速度的に進行するとともに、多種多様な価値観をもつ人々により構成され始めた世の中は、個の利益から全体の利益、経済的価値から社会的価値へと価値感の変化が進んでいる。この流れは止まらず今までの経験に頼るだけの行動がリスクになる時代が目の前まで来ている。経験をオペレーションするだけでは今後の時代は乗り切れない。時代の変化に順応するためには長期的な視点に立って新しいことに挑戦し未来への希望を抱き続けることが必須である。戦後荒廃した社会を復興した時と同じく未来を切り拓いてきたのは若き青年経済人である。未来が創造しづらい現代において、我々は困難や課題から決して目を背けることなく勇敢に立ち向い、失敗を恐れず挑戦し強い信念と時代の変革者としての責任を果たすべき歩みを止めてはいけない。

来年度豊橋青年会議所70周年を迎える。我々はいつの時代も明るい豊かな社会の創造を目指し、まちづくりのリーダーとして日々運動を展開してきたが、昨今では「青年会議所しかない」時代から「青年会議所もある」時代と言われ「現代社会において青年会議所は必要なのだろうか」そんな不安に陥るような声までも聞こえてくる。青年会議所の存在意義とはなにか。どうあるべきなのか。70周年を目前にする今だからこそ「青年会議所だからできること」をしっかりと明示しこの地域における存在意義を改めて発信する必要がある。また未だ見ぬ未来へ想いを繋ぐためにも2010年代運動指針の総まとめを根底に、これまでの活動の歴史を振り返えり、時代が変化しても変えてはならないこと、時代とともに変化させなければならいことを青年経済人らしい客観的な視点と、柔軟な感性で熟慮しこの組織の潜在能力を開花させる一年にする必要がある。挑戦し続け、かっこよくあり続ける姿こそが地域の輝かしい未来への架け橋となることを確信する。この地域に燦然と輝く団体は我々豊橋青年会議所なのである。

 

未来に繋がる次世代教育 【次世代教育推進委員会】

デジタルネイティブと呼ばれる世代が社会を支え始め、人工知能の躍進、ICTやIoTの加速的発展など働き方やコミュニケーション方法の変化はもとより、生き方にも影響するテクノロジーの普及によって身の周りのあらゆるものが激変し始めており、Society5.0やシンギュラリティの到来を目前にし今後10~20年で雇用者の約47%の仕事が自動化されるといった予測もあるようにあらゆる分野の仕事が人間ではない何かに置き代わろうとしている。また今の子供たちの65%は大学卒業時に今は存在していない職業に就くともいわれ、将来の変化を予測することが困難な時代を生きることとなる。そのような環境において親である責任世代ができることはなにか、そして無限の可能性を秘めている子供たちにどのような未来を想像させ、どのように壮大な夢をもってもらうのかを真剣に考える必要がある。教育とは個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる力を培い、国家及び社会の形成者として必要とされる資質を養うことが目的である。国つくりの根幹は教育であり教育なくして国の発展はありえない。今後は社会の変化に受け身で対処するのではなく自ら課題を発見し他者と協働してその解決を図り、未だ見ぬ時代の荒波に立ち向かうための新たな力を育成することが喫緊の課題である。そのためには子供たちに何を教えるかではなく子供たちがどのように学ぶかという視点が重要であり、課題の発見と解決に向けて主体的、協働的に学ぶ必要がある。このような激動の時代だからこそ人間が人間らしく真価を発揮する為の教育を我々青年会議所だからこそできる視点で担う必要がある。膨大な情報が目の前を駆けめぐるこの激変する社会において責任世代は未来を育む子供たちの道しるべとなるため、子どもたちは経験したことのない未知の、そして遠くはない激変する未来のために我々は機会を提供し、次世代教育を通してまちの発展に寄与する活動に挑戦することが責務である。彼らの成長はまちの成長そのものである。

 

次代を切り開く地域のリーダー 【リーダー育成委員会】

VUCAと呼ばれる時代に生きる私たち。VUCAとは「Volatility(激動)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明性)」の頭文字をつなげた言葉である。経済は急速にグローバル化が進み、社会は技術革新に伴うイノベーションの加速によって激動しており、あらゆるシーンで既存モデルの崩壊、再構築が始まり急激な変化を遂げ不確実性が高まっている。また人口減少はもとよりジェンダーギャップと呼ばれる男女格差、環境やエネルギー問題など日本は多種多様な課題に直面し先が予測できない未踏の時代が到来するといわれ、社会の複雑性がこれまで以上に増し不透明性が高い時代に突入している。それらを解決するには問題や課題に潜む物事の本質と関連性を見極め、俯瞰的に課題解決法を見出し能動的に行動できる人材が必要である。さらにはテクノロジーには出来ない能力と共に、人種・性別・年齢・信仰などにこだわらず、多様な個性をまとめ上げ組織を強化する能力であるダイバーシティマネジメントスキルを持ち合わせた、経済はもとより地域社会をもイノベーションさせることの出来る圧倒的な牽引力とリーダーシップが必要である。現代社会では、会社や学校、趣味や娯楽など集団で行動する場面が増加し続け、一日の大半を何らかのグループ毎の組織行動に身をおいており、それらの組織は「能力のあるリーダーがいなければいかに優秀な組織といえどもその優秀さを発揮することはできない」と言われている。リーダーとはただ人をひきつけるだけではなく、組織の意識共有や目標達成までの道筋の提示を行い、与えられた任務を遂行する役割であり結果を出すのはもちろんのこと同時に組織全員のモチベーション維持や相手の立場に立てるコミュニケーション能力、創造力や挑戦力など様々な能力が求められる。VUCAと呼ばれる時代だからこそ組織や地域の発展、さらには日本を支える為にもまずは我々がリーダーとなる資質を身にまといこれらを伝播させていく必要がある。新たな次世代リーダーの育成は地域発展の大いなる架け橋である。

 

「TOYOHASHI」を発信 【TOYOHASHI発信委員会】

このまちは古くから東西交通の要衝として、東海道五十三次の宿場町、さらには城下町や湊町として栄えた歴史がある。それらを背景に様々な人たちが流入しこの土地独自の文化も数多く育まれた。その後、時代とともに地域の特色を活かし東三河の中核都市としてまで順調に発展を遂げ、今では少し車を走らせれば何でも手に入り暮らしてゆくうえで不便なところは何ひとつなく、市民は口をそろえて「住みやすいまち」と言うようになった。一方まちの国道にはファミレス、コンビニ、ファストフード店にファストファッション店が軒を連ね、まちの景色はいつのまにか他の地方都市と酷似し個性が薄れはじめ、培われた続けた独自の文化でさえも失われつつある。経済を主軸としたまちづくりに異論はないがライフスタイルの多様化、個性化による生活の質の向上が「住みやすさ」に影響するようになったいま、その土地の文化をはじめ、教養やスポーツ、余暇、娯楽等の視点を用いたまちづくりが必要とされているのではないか。また迫りくる急速な高齢化と人口減少が懸念されるなか「住みやすいまち」という定義を今のまま持ち続けていることはリスクでしかないと考える。パラダイムシフトの時代が到来し根本的な発想の転換がいま求められている。また我々は昨年度、第38回全国城下町シンポジウム豊橋大会を開催し城下町としての古きを継承しこのまちの未来のため新たな時代の幕開けを開口する活動を展開した。「城下町宣言」が発信され古くしての歴史と今ある文化を礎にしながら定住人口、交流人口、関係人口の増加を提言し、新しき人の賑わいを産む世界に輝くまちTOYOHASHIへと歩み始める事となった。原点に立ちかえることもパラダイムシフトである。このまちの持ち合わせる魅力や文化を掘り下げ伝承し続ける活動はもとより、それらを新たな文化と融合させ時流に乗せた発信と体験をもって民間共同で挑戦することが青年会議所だからできることである。青年経済人としての先進的かつ俯瞰的な目線をもって、真の住みやすいまちTOYOHASHIを創造することがこのまちのさらなる発展に繋がるのである。

 

広域連携のその先 【広域まちづくり委員会】

豊川の恩恵を受け発展した東三河には8市町村が独自の伝統文化を持つと共に、豊かな自然、農業、商工業、インフラと国際的に誇れる環境がある。これまで我々はこの魅力ある市町村がひとつとなることでこの地域が発展することは間違いないと考え、「東三河はひとつ」を合言葉に東三河県庁、東三河広域連合などの行政機関をはじめ、地域団体、東三河の4つの青年会議所と共に東三河のさらなる発展に寄与する例会事業を展開し東三河が魅力ある自らのまちであるという住民意識の向上に務めてきた。近年では東三河ブランドの構築や技術革新の視点、地域特性を活かしたインバウンド戦略の在り方を考察し、東三河の観光という視点での活動を展開するなどローカルから考える視点をグローバルにも考えられる視点に変化させ戦略的にこの地域を発信する必要性を説いてきた。一方少子高齢化、縮小する産業、それに伴う財政難と問題は山積している。特に人口減少の問題は深刻化しており、地方から大都市圏への若者の流出も重なり推計では2040年に全国896の市区町村が消滅可能性都市に該当し内523市区町村は人口が1万人未満となり消滅の可能性がさらに高いと言われている。多くの人が居住すれば商いが活性化し、街が賑やかになり都市としての魅力が増し更に人が集まってくるのは言うまでもない。現代社会は成熟化に伴い働き方や生き方についての価値観が多様化し様々なライフスタイルを実現することが可能となった。地方移住のボトルネックであった仕事についてもICTなどを活用した場所にとらわれない柔軟な働き方により大きく変わりつつある。そのような地域課題の追い風になるような状況もある中、東三河が持つ素晴らしい資源を最大限に活かすためにも加速するグローバル化やIT化をはじめとする様々な社会動向を的確に、そして好機捉え変化に伴って生み出される新たな価値を地域活性化に繋げる必要がある。根拠なき悲観論は益にはならない。住民と共に基本認識を共有し、適切な対策を打ち続けることが東三河のリーディングLOMである我々の責務であり、我々が培ってきた経験を新たなフィルターにかけ日本さらには世界が注目する東三河へと挑戦し続けることが新たな広域連携へと昇華するのである。

 

多様性を求め、より大きな運動への懸け橋 【会員拡大委員会】

厳しい経済状況下、様々な団体が存在する昨今、会員数の減少は全国のLOMで大きな課題として取り上げられ豊橋青年会議所も例外ではない。改めて会員数を増加させる必要性をLOM全体の問題として共有する必要がある。そもそも拡大とは会の存続や運営費の為にするもではなく、組織が生み出す成長の機会を通じてこのまちを良くしようという想いを持ったまちの財産である人財を一人でも多く育むことである。まずはメンバーが活動の意味や意義、その可能性を理解することが必須であり、勧誘する行動ではなく活動に対する熱い想いを語れる必要がある。メンバー一人ひとりが活動に誇りをもつことを使命と捉え、それこそが真の拡大活動であると認識すべきである。また現代のまちが多様なひとたちにより成長を続けるのと同様、我々も様々な視点で運動を興す為にも多様性を持ち合わせた仲間と共に活動を展開する必要がある。現在全国平均入会年齢は33才、平均在世年数は4年、女性会員比率は8%。豊橋青年会議所もほぼ同じ状況であり多様性が求められている時代においてこの現状にメスを入れることは急務である。さらに拡大活動の解釈と共に、立軸と横軸の拡大も視野に入れた活動を展開する。増会員数の目標はもとより縦軸として若年齢への拡大やOBとの連携、その企業からの出向者、横軸として女性会員など多様性への進攻や他団体との連携などを行い、今後の繋がりや広がりに寄与する活動を展開する。組織とは閉鎖的になる傾向があると言われる。これは人間が普遍的に持ち合わす性質であり、関係性が強固になると意図的、無自覚にかかわらず排他的になることに由来する。排他的コミュニティには均質化が進み、似た者同士が所属する組織には安心感が得られるが、拡大活動の観点からすると弊害でしかない。様々なバックグラウンドを持ちあわせる多様性のある人たちが入会しやすくする環境を整備することも人びとが自然と集う組織へのステップなのである。同志の増加は地域変革のスピードと比例する。拡大こそが明るい豊かな社会の実現の第一歩なのである。

 

LOMの支柱 【総務委員会、財務委員会、広報渉外委員会】

我々が集う豊橋青年会議所は地域社会から信頼と付託を受ける組織である。青年会議所活動の本質は会議活動であり、会議を通して社会の変革を追い求め強い運動へ繋げることが未来への貢献に繋がる。また壮大な目標までのプロセスにおいて自己成長し社会的価値のある人財を育成させる仕組みが構築されていることこそが青年会議所にしかできないことである。そのような圧倒的な魅力を今後に繋げていくためにも常に今の時代にあった組織運営と変革を進め、倫理観や道徳観、社会的規範の視点をはじめ、新技術も駆使した運営も必要だと考える。また会員の会費をもって運営される性質上、コンプライアンスといわれる法令遵守だけでなく、社会的責任と事業を継続するために必要な基準や規範を見直し遵守することが重要である。品格のある青年経済人が向上心と変革意識をもって活動を展開することで組織のガバナンスが高まるとともに、メンバーに有益な組織を提供することができるのである。また我々の運動が地域社会にどのような影響をもたらすのかを地域の方へ広く発信する必要がある。地域に必要な組織であり続けるため、我々の運動や在り方を伝えるべき相手に適時適切な戦略をもって効果的に発信ためにもPRや情報発信力の強化、デジタル広報やメディア活用などを理解する必要がある。足を使い面談し想いを伝えることは究極の広報であることに異論はないが、スマートフォンの所有率の急上昇により誰でも手軽に個人メディアが持てるようになり、それらが社会を動かすほどに成長している今、新技術を活用した新広報とアナログを共に行うハイブリッド戦略はもとより、今までの枠にとらわれない新たな広報戦に挑戦することも必要である。LOMの支柱が大樹のごとくありつづけることが組織成長をつかさどる最も重要な要素なのである。

 

70周年へ 【70周年準備会議】

1951年、戦後の荒廃の中「青年」それはあらゆる価値の根源であるとの考えから、祖国のあやまりなき再建と世界平和の実現への貢献を企図し、日本で17番目に豊橋青年会議所は誕生した。それから現在に至るまでまちは何を求めているか、我々はどう行動すべきなのか、ときの青年たちが創始の精神を紡ぎ、その時代の社会問題に対し真剣に議論を重ね、数えきれない事業を展開してきた。その運動の歴史は尊く、地域社会へ与えてきた影響は計り知れないものがある。70周年を目前とした今、我々はその想いを踏襲できているのだろうか。運動の歴史は正しく伝わっているのだろうか。設立当初から社会は大きく変化した。70周年を契機と捉え、過去行ってきた運動を体系的に整理し今後の活動のエビデンスとして活用するため検証を進めると共に、先輩諸兄と我々の向かうべきビジョンとベクトルを共有する。JCしかない時代からJCもある時代といわれるようになったいまだからこそ、先輩諸兄の功績に胡坐をかき続けるのではなくJCだからできることを認識し、現代においてJAYCEEとしての在り方を追求すべきである。いつの時代でも変革を推し進めたのは行動力のある若き青年経済人である。先輩諸兄の運動への想いを火種にこの先も続く明るい豊かな社会へ導く責任を果たすため我々は率先して行動する必要がある。我々がやらなくて誰がやるのか。この地域をけん引し続けるのは我々豊橋青年会議所なのである。

 
 

さいごに

修練を奉仕と友情に変え、そのプロセスにおいて成長ができる学び舎こそが青年会議所である。

希望溢れる未来を大胆に描き、その実現へ向けて挑戦し続け、常に時代に頼られる存在として燦然と輝き続けること、それこそが我々の使命である。

挑戦して失敗することを恐れるより、挑戦しないことを恐れよう。

令和という時代に大輪の花を咲かせるべく、誇り高く世の中を変えるJAYCEEであれ。